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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)9303号 判決

原告(反訴被告) 奥谷喜久郎 外一名

被告(反訴原告) 株式会社市瀬洋紙店

主文

1、原告等の請求を棄却する。

2、被告の反訴請求を棄却する。

3、訴訟費用中、本訴に関する部分は本訴原告等の反訴に関する部分は被告の各負担とする。

事実

1、原告等の請求の趣旨、被告の反訴請求の趣旨はいずれも別紙中の当該各記載のとおり。

2、原告等は本訴請求の原因、被告の反訴請求の原因、被告の本訴に関する答弁、原告等の反訴に関する答弁はいずれも別紙中の当該記載のとおり。

3、原告等及び被告が本訴請求の原因に関し、法律上の見解として附加陳述した要旨は別紙中の双方当事者の法律上の見解と題する部分に記載のとおり。

理由

1、原告等主張の別紙中目録記載第一及び第二の土地がもと訴外奥谷松三郎の所有であつたこと、同訴外人が昭和二九年二月五日死亡し、原告等はそれぞれその主張のとおり右訴外人と身分関係があつたので、共同で右財産を相続したことは当事者間に争いがない。

2、従つて、原告等は各相続財産の分割をしない限り原告きんはその三分の一、同喜久郎はその三分の二の共有持分を有するものということができ、そして、被告が原告喜久郎に対する債権を保全するためと称して、原告等の右相続財産について原告等主張のとおりの代位による登記をしたことは当事者間に争いがない。

3、ところが、原告等は、被告の右代位登記の前に、原告等主張のとおりに右相続財産を含めた別紙中目録記載の財産について遺産の分割をしたものとして被告のなした前記代位登記の日の後に至つて始めて相続に係る本件土地について分割の登記をしたことも当事者間に争いがない。

4、そこで、原告等主張の右遺産分割がそのとおりに行われたものと仮定し、その仮定のとおりならば被告のなした右代位登記は法の許さないものであるか否かを検討することにする。

(1)、民法第九〇九条本文によれば、遺産の分割は相続開始の時にさかのぼつてその効力を有するので、同法文のままならば原告等は本件土地について共有持分を有する状態は一度もなくなり、右遺産分割後、債権者が原告等を代位して右共有持分の相続登記をすることのできないことは原告等主張のとおりである。

しかし、他面右法条には但書が附され、遺産分割の右さかのぼる効力は、第三者の権利を害することができないことになつているので、原告等の右見解をそのまま本件の場合に適用し得るとは即断できない。

(2)、すなわち、右法条の但書は遺産分割前、相続によつて取得した共有持分を第三者に処分することのできること、及び、その処分について不動産については登記をなし得ることを前提とするものであつて、その限度では右共有状態は通常の共有状態と同様なことになり、また別の見方からしても、遺産の分割については特に公示方法がきめられていないので、第三者からすれば、共同相続後の共有状態は未だ遺産分割が行われないものなのであるか、或は遺産分割が行われたためにそうなつたのか知る方法がないので、特に遺産分割前の共有状態に限つて、その共有持分の登記及びその処分を禁ずることは第三者に対する関係では有害であり、遺産分割のさかのぼる効力は第三者の権利を直接にも間接にも害しない限度においてのみ生ずるものとするのが立法の趣旨であり、かつ、そう解釈しなければならないと考えられ、以上の理をさらに進めれば、たとえ遺産分割前の共同相続財産に関するのであつても、その財産に利害関係を持つ第三者及び共同相続人の関係は一般の共有者及び第三者のそれと異なるものと考えることはできないことになり、原告等主張の見解で一概に律し得ない場合が出て来るのである。

(3)、そこで、遺産分割の場合をしばらく別問題として、例えば、未登記の不動産共有持分を既に他に譲渡したが、その譲渡についても未登記である場合、その譲渡人はもはや共有者ではないのであるから、その後、その債権者がなお、従前の共有状態が存続するものとして右未登記共有持分について代位による登記をすることが許されるかという点について考えると、右譲渡登記がない間は、右共有持分譲渡人はその持分について登記をなした上でさらに譲渡の登記をなすべき権利義務を有し、その共有登記について右譲渡人の債権者が代位することはできるものと解する。不動産の権利者はその権利の表示及び変動について登記をすべき権利義務を有するからである。

(4)、ところが本件の場合は、右設例の登記のない共有持分譲渡に代つて遺産分割が行われたに過ぎない。もつとも、設例の場合と異なるところは、共同相続人は一旦共有持分の登記をした上でさらに遺産分割の登記をなすべき権利義務を有するか否かに疑問のある点であるが、共同相続人が遺産分割をするまでの共有関係はやはり相続の効果であつて、分割によつてその共有関係がさかのぼつてなかつたことになるとはいえ、それまでの関係はいわゆる潜称相続人の権利のように全く根拠のないものではなく、前記(2) で説明のとおりその関係に基く共有持分については有効に処分もできるし、登記もできるもので、その処分及び登記は共同相続人の権利に属し、むしろ対第三者の関係を考慮すれば一旦共同相続の登記をした上で、遺産分割が行われたときに分割の結果に基いて改めて登記(その形式は、共同相続の登記を抹消するのか否かは別として)をすることが権利変動の実際に適合するものである。従つて、共同相続の登記をしない間に遺産分割が行われた場合は、右のような登記の経過を経ることは共同相続人間では一見無意味に見えるけれども、遺産分割前の共同相続関係は第三者との関係では通常の共有関係と異ならないことは前説明のとおりであるから、共同相続人が有していた筈の共同相続登記の権利が第三者との関係において無に帰するものではなく、本件の場合も、前記設例の場合と同様遺産分割について登記がない以上、共同相続人が分割前に有していた筈の権利に基いて代位登記ができるのと解する。

(5)、以上のような考方は遺産分割の効力を、民法第九〇九条本文の規定があるにもかかわらず、ちようど相続人相互の間の持分譲渡と同じようにしてしまい、さかのぼつて既に存在しなくなつた共同相続の権利関係をなお尊重するような感があるけれども、ともかくも一旦有効に存在した権利関係があつた以上、これについて第三者の権利関係が発生することは当然考えられることであるから、例えば不動産については登記によつて右基本の権利関係が消滅或は変更になつたを第三者にも明にしない間は、第三者との関係においてなお右権利関係が存続するかのような法律上の取扱を受けることも止む得ない場合があり、本件の場合はこれに当り、前記法条による遺産分割のさかのぼる効力はそれまでの前記法律関係を全く無にするものとは解されない。

5、以上のとおりであるから、原告等主張の遺産分割がたとえその主張のとおりに行われたとしても、被告のした前記代位登記が無効であるとはいえず、その他に被告が右代位登記をなし得る資格がないという原因(例えば債権を有しない等の)は原告等の主張していないところであるから、さらに審理を進めるまでもなく、原告等の本訴請求は失当というの外はない。

6、被告の反訴請求は被告の前記代位登記がその効力を有しない場合の予備的なものであることは、その自ら主張するところであるから、以上判断のとおり、被告の右代位登記が有効である以上、右反訴請求の当否を判断する必要がなく、結局失当とするの外はない。

7、以上によつて原告等の本訴請求及び被告の反訴請求をいずれも棄却することとし、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治)

別紙 本訴請求の趣旨

被告は同人の債権保全の為め原告等を代位して別紙目録第一、第二記載の土地につき昭和三十一年八月十七日東京法務局新宿出張所受附第一七五〇三号を以て為したる昭和二十九年二月五日原告等が相続によつて右土地の持分を取得したとの登記は無効につき原告等は之を抹消するから被告は其登記に承諾を為せ

訴訟費用は被告の負担とする

との判決を求める

本訴請求の原因

第一、別紙目録記載の財産は訴外亡奥谷松三郎所有であつた

別紙目録記載の財産は昭和二十九年二月五日当時迄は訴外亡奥谷松三郎の所有であつた

第二、訴外人の原告等との身分関係

原告きんは訴外人の妻原告喜久郎は訴外人の長男である而して訴外人には他に子供がおらない

第三、原告等は訴外人の相続人として第一項記載の遺産を相続によつて取得した

原告等の被相続人たる訴外人は昭和二十九年二月五日死亡したから原告等は第一項記載の遺産を相続によつて取得した

第四、原告等は遺産の分割を為した

原告等は昭和二十九年六月二日右遺産を調査した処別紙目録記載の財産のみであつたからその分割方法を協議した、其際同人等の間に於て原告きんと原告喜久郎とが親子関係であること其他一切の事情を考慮して次の如く分割すると協議が纒つた、即ち

(一) 原告喜久郎は別紙目録第一記載の土地

(二) 原告きんは(1) 別紙目録第二記載の土地(2) 同目録第三記載の預金及現金(3) 同目録第四記載の家庭用動産(4) 同目録記載の債務を各取得するこれである而して右分割方法が確定したから同時に之を履行した。

以上の次第故訴外人の遺産につき原告等の共有関係は同日を以て廃止された

第五、原告等は遺産分割によつて課税された

原告等は昭和二十九年十一月十四日四谷税務署に対し相続税(遺産分割)の申告を為した処同署は之に相続税を課したから原告等は同年十一月二十七日其税を支払つた

第六、原告等は遺産分割の登記を為した

原告は昭和三十一年九月六日東京法務局新宿出張所に於て同二十九年六月二日同人等の遺産相続の共有分割を登記原因として別紙目録第一記載の土地を原告喜久郎単独所有権取得に又同目録第二記載の土地を原告きん単独所有権取得の各登記を為した

第七、被告は原告等を代位して無効の登記を為した

一、実質的無効

被告は同人の債権保全の為め原告等を代位して別紙目録第一、第二記載の土地につき昭和三十一年八月十七日東京法務局新宿出張所受附第一七五〇三号を以て次の登記を為した

(1)  登記原因昭和二十九年二月五日相続

(2)  取得者原告喜久郎は持分三分の二、原告きんは持分三分の一の共有

即ちこれである

然れども原告等の遺産共有関係は前記の如く昭和二十九年六月二日廃止されたるを以て爾後其遺産につき共有関係がないから被告の為した前記代位登記は実質上無効である蓋し登記の実質的要件が欠缺しておるからである

二、形式的無効

原告等は前記の如く昭和二十九年六月二日遺産を分割した結果爾後原告等は遺産の共有関係の登記請求権は消滅したのである、故に仮に被告が原告喜久郎の債権者であつても右登記請求権を原告喜久郎に代位して行使し得ないことは言を俟たない

然るに被告は昭和三十一年八月十七日原告喜久郎並びに原告きんを代位して前項の如き登記を為したのであるから其登記は無効である蓋し登記の形式的要件を欠いておるからである

第八、原告等は無効なる登記を抹消するにつき被告の承諾を求める

一、原告等は抹消登記請求権者である

原告等は以上の如く実質形式の両要件欠缺する登記は第三者を保護し取引の安全を図るため之を抹消する必要がある

而して原告等は之を抹消する登記法上の権利者であるから其申請を所轄登記所に於て為さんとする

二、被告の承諾を求める

原告等が別紙目録第一、第二記載の土地につき第七の一記載の登記の抹消登記を申請するについて被告は其利害関係者であるから登記法第一四六条所定の如く同人は承諾する義務がある、故に原告等は被告に対し昭和三十一年九月二十日其旨を通知し承諾を求めたところ同人は之に応じないから請求趣旨記載の如き被告の意思表示を求める次第である

目録

第一、東京都新宿区神楽坂弐丁目二一番地九号

一、宅地 三十四坪六合五勺

第二、同所 同番地拾号

一、宅地 八十二坪六合

第三、株式会社三菱銀行神楽坂支店預入の普通預金

金八万円並に現金五万

第四、家庭用動産

第五、滞納税金(第一、第二の不動産固定資産税)二千七拾円

本訴に関する被告の答弁

請求の趣旨に対する答弁

原告等の請求は棄却する

訴訟費用は原告等の負担とする

請求の原因に対する答弁

第一項は認める

第二項は認める

第三項は認める

第四項は不知

第五項は不知

第六項は認める

第七項は原告等に代位して原告等主張のような登記したことは認める他は否認

第八項は否認

抗弁

一、被告は昭和三十一年八月二十四日附を以て本件不動産上につきその内原告奥谷喜久郎の持分参分の弐に対し強制競売開始決定登記を有する差押債権者である

二、即ち原告両名がその主張する遺産分割登記をなした昭和三十一年九月六日以前の昭和三十一年八月十七日の右両土地に対する原告奥谷喜久郎持分参分の弐原告奥谷きん持分参分の壱の登記に基き右原告奥谷喜久郎の持分に対し強制競売開始決定登記をなした所謂登記の欠缺を主張する正当な利益を有する差押債権者である

三、而して遺産分割は登記をなすにあらざれば第三者に対抗し得ないことは判例学説の認めるところである

四、然るに原告等の遺産分割による右登記は被告の強制競売開始決定登記より後れていることは原告等自ら認めるところである

五、而らば民法第九〇九条但書により原告等の主張するような遺産分割を以て被告の前記権利を害し得ないものである

六、従つて原告等は本件不動産につき原告奥谷喜久郎の持分参分の弐原告奥谷きんの持分参分の壱であることを否認する権利ないものであり因て被告は原告等の主張する登記抹消を承諾する義務ないものである

反訴請求の趣旨

一、反訴被告間の昭和二十九年六月二日附別紙遺産分割目録記載の遺産分割協議はこれを取消す

二、反訴被告奥谷喜久郎同奥谷きんは東京都新宿区神楽坂二丁目二十一番地の十所在宅地八拾弐坪六合及同所同番地の九所在宅地参拾四坪六合五勺につき反訴被告奥谷喜久郎は持分参分の弐反訴被告奥谷きんは持分参分の壱を夫々有することを確認する

三、反訴被告奥谷喜久郎は東京都新宿区神楽坂二丁目二十一番地の九所在宅地参拾四坪六合五勺につき東京法務局新宿出張所昭和参拾壱年九月六日受附第壱九壱五参号原因昭和弐拾九年六月弐日共有物分割に因り所有権を取得した旨の登記抹消手続をなせ

四、反訴被告奥谷きんは東京都新宿区神楽坂二丁目二十一番地の十所在宅地八拾弐坪六合につき東京法務局新宿出張所昭和参拾壱年九月六日受附第壱九壱五弐号原因昭和弐拾九年六月弐日共有物分割に因り所有権を取得したる旨の登記抹消手続をなせ

五、訴訟費用は反訴被告等の連帯負担とする

との判決を求める

反訴請求の原因

一、反訴被告等は反訴原告に対し本件不動産につき登記抹消承諾請求訴訟を提起し現在東京地方裁判所民事第二十四部に昭和三十一年(ワ)第八、三九一号を以て繋属中である

二、反訴原告は反訴被告奥谷喜久郎に対し金三百六十八万円也及これに対する昭和二十八年九月十八日から完済に至るまで年六分の割合による損害金を求め得る債権を有する債権者である。

而して更に反訴被告奥谷喜久郎は東京都千代田区神田司町二丁目七番地小笠原正己に対し登記面上金五百万円也弁済期昭和二十八年十二月三十一日の債務を負担しているものである

三、而るところ反訴被告奥谷喜久郎の父にして反訴被告奥谷きんの夫である奥谷松三郎は昭和二十九年二月五日死亡した結果右松三郎の所有であつた請求の趣旨記載の本件不動産は反訴被告等に於て共同相続した

四、而して右松三郎は反訴被告等の外に相続人ない為反訴被告奥谷喜久郎に於て持分参分の弐被告奥谷きんに於て持分参分の壱を取得した

五、然るところ反訴被告等は昭和二十九年六月二日別紙目録記載のような遺産分割協議をなしと主張する

六、而して昭和三十一年九月六日反訴被告奥谷喜久郎は請求の趣旨第三項記載のような反訴被告奥谷きんは請求の趣旨第四項記載のような単独所有権取得の登記をなした

七、然れどもかゝる遺産分割協議は本訴の答弁において主張するとおり否認する。しかし、もし真実行われたものとすれば、反訴被告奥谷喜久郎に対して極めて不利にして同反訴被告の財産の減少を来し弁済の資力を薄弱ならしめることは明白である

八、のみならず反訴被告奥谷喜久郎は反訴原告より昭和二十八年九月十四日第一項記載の債権につき支払訴訟を提起せられ昭和二十九年十二月九日敗訴の判決を受けこれに対し控訴したのであるが同様昭和三十一年七月十九日敗訴の判決を受けいたものであるから当然故意に資産の減少を企り債権者を害せんとする意図に出でたものであることは明らかである

九、而して反訴被告奥谷喜久郎は本件不動産及同不動産上に存する家屋以外には資力なく右家屋上にも第一項記載のように小笠原正己の為に金五百万円也の抵当権設定せられあり到底反訴原告その他一般債権者に満足に支払う資力ないものである

一〇、右次第にて反訴被告等の本件遺産分割協議を取得し同時に持分の確認及登記抹消を求める為反訴に及ぶものである

而して、右反訴請求は本訴における被告の主張が容れられず、右協議が原告等主張どおりに行われたものと認定された場合の予備的請求である。

遺産分割目録

此度奥谷松三郎の死去に伴ひ同人の妻奥谷きん並に長男奥谷喜久郎は故人の遺産を協議の上左の如く定めました

奥谷きんが相続する分

動産 三菱銀行神楽坂支店預入の普通預金

金八万円也

不動産 東京都新宿区神楽坂二ノ廿一ノ十所在宅地

八拾弐坪六合

奥谷喜久郎が相続する分

不動産 東京都新宿区神楽坂二ノ廿一ノ九所在宅地

参拾四坪六合五勺

反訴に関する原告等の答弁

請求の趣旨に対する答弁

反訴原告の請求は之を棄却する

との御裁判を求める。

反訴請求の原因に対する答弁

一、請求の原因第一項の事実は認める、

二、請求の原因第二項の事実中反訴原告の債権は否認する。

三、請求の原因第三項の事実中訴外奥谷松三郎を被相続人反訴被告両名を相続人とする相続開始の事実は認めるが本件不動産を共同相続した事実は否認する。

四、請求の原因第四項の事実中反訴被告等は各持分を取得した点は否認する。

五、請求の原因第五項の事実は認める。

六、請求の原因第六項の事実は認める。

七、請求の原因第七項の事実は否認する。

八、請求の原因第八項の事実中各判決のあつたことは認めるが其余の部分は否認する。

九、請求の原因第九項中反訴被告奥谷喜久郎の資産は認めるが其の余の事実は否認する。

右の通り答弁する。

双方当事者の法律上の見解

(一)原告等の見解その一

第一、共同相続人の分割前の権利関係

我民法は相続人が数人あるときは相続財産は其の共有に属する(民法第八九八条)とし協同相続主義に採用した。故に相続財産は相続開始と同時に一応は共同相続人の共有となるのである。然れ共此の共有は民法第三章第三節に規定せる普通の共有とは其の性質を異にする。

即ち共同相続による相続財産の共有と言うのは其の財産を各共同相続人へ分配すると言う目的のための中間的な共有であるからである。随つて共同相続人間に於て相続財産の分割を為せば右の中間的共有関係は始めから成立しなかつた効果を生ずるのである(民法第九〇九条)、此の意味に於て右に言う共有とは相続財産分割までの間其の財産の散逸を防ぐ為めに便宜上認められたものであつて通常の共有の如く持分譲渡の自由等が認められないのである。

第二、共同相続人の分割後の権利関係

共同相続人が包括的に相続した財産即ち遺産は之を分割すれば相続開始当時から其の分割と同様な権利関係が各相続人に個別的に帰属するものであることは民法第九〇九条にて明白である。従つて相続開始後分割迄の間の相続財産の共有関係は成立しなかつたことになることは前述した通りである。

第三、本件不動産は原告等の共有ではない。

一、原告等の分割前の権利関係

原告等は昭和二九年二月五日被相続人訴外奥谷松三郎の死亡によつて本件不動産を相続したから原告等は同不動産に対し一応共有関係が発生した。而し其の共有関係は第一に述べた性質のものである。

二、原告等の分割後の権利関係

昭和二十九年六月二日原告等は訴外人の遺産の分割を為し訴状請求原因第四記載の如く原告喜久郎、同きんは個別に夫々其の不動産の所有権を取得した。

随つて同日の分割と同時に遡及して右分割通りの相続を為したことゝなり本件不動産に対する共有関係は全然存在しなかつたことになる訳である。これ前述第二にて説明した趣旨から当然であろう。

第四、被告は本件不動産の登記抹消につき利害関係人である。

被告は原告等が遺産の分割後たる昭和三十一年八月十七日本件不動産が原告等の共有であると誤信し同土地に対し民法第四二三条により訴状請求原因第七項記載の登記を経由した。然り而して該登記は無効であることは訴状請求原因第七記載の通りであつて之を抹消すべきものである。然る処被告が前記代位登記の申請人であるのみならず原告喜久郎に対し強制競売の申立を為し其旨の登記を経由して居るものであるから右抹消につき利害関係を有するものである。

右の通り陳述する。

(二)原告等の見解その二

被告は昭和三二年四月十三日付準備書面にて不動産の相続に付登記をするに非ざれば第三者に対抗し得ないと主張しておるけれ共正当ではない。以下其の理由を述べる。

第一相続の効果

相続が開始すれば相続人は被相続人の財産に属した一切の権利義務を包括的に当然承継するものであつて相続人の意思表示によつて承継するものでないことは民法第八九六条所定の通りである。蓋しこれは相続によつて被相続人と相続人とが同一の財産法的地位若くは状態に立つことを明にしたものであるからである。

第二相続によつて取得した不動産に付ては登記がなくとも第三者に対抗出来る。

相続人が被相続人の不動産を取得する原因は相続人が被相続人と同一の財産法的地位若くは状態に立つものであるが故に其の取得原因は身分法的なそれである。従つて民法第一七六条の如く意思表示のみを原因として物権の変動を生ずる場合とは自ら異るものであることは明白であろう。

元来民法第一七七条は同第一七六条の規定を受けこの場合に関する第三者対抗要件を定めたものであるから相続財産取得の如き法律上当然に身分法的に物権を取得するが如き場合には民法第一七七条の規定は適用ないものと為すを正当とする。何となれば民法第一七七条は取引の安全を保維し第三者の利益を害しない様にするための規定として制定せられたるものであることは一点の疑もない処である。然らば実際上登記を為さず共同法条の目的を達成し得るに不拘尚登記を要すとなすは妥当でないのみならず不合理でさへあるからである。

そこで民法を閲するに改正前は生前相続なる制度がありこの場合には生前相続が開始しても被相続人が相続不動産を他に譲渡することが可能であり二重譲渡と同様な関係を惹起するに至るので相続人は登記を受けなければ第三者に対抗し得ないとする実益があつた、これ学説判例が相続に付ても相続不動産の物権変動を第三者に対抗するためには登記を要するとした所以である。

然るに改正相続法に於ては生前相続はなく死亡相続のみでありこれに付て二重譲渡のような関係は成立する余地がないから実際上登記を為さなくとも取引の安全を保維することが出来るのである。換言すれば民法第一七七条の目的は登記なくとも充分に達成することが出来るのである。

然らば右学説判例が之を以て相続による物権取得の場合にも登記を要するとした設例とすることは出来ない。故に現行民法の解釈として以上の学説判例を以て根拠となし相続による不動産物権取得の場合にも登記するに非ざれば第三者に対抗出来ないとするのは古きに失するのみならず現行民法を曲解するものと言はなければならない。

以上の理由により被告の主張は正当でない。

次に仮に被告主張の如く物権変動の態様如何に不拘総べて登記するにあらざれば第三者に対抗し得ないとの説を採らんかこれにより次の如き不都合な結果を生ずるのである。

其一は相続回復請求の場合である。

僣称相続人が表面上相続人として相続不動産を承継して其登記を為しこれを第三者に譲渡して其旨の登記を為したる後真正相続人が其の回復を請求して第三者から返還を求めんとする場合真正相続人は登記がないから第三者に対し対抗要件がないから回復請求権を行使出来ないことになり結果的には其の権利を剥奪することになる。

其二は共同相続人が排除された場合である。共同相続人中の或る者が他の共同相続人を排除して相続登記を為し之を第三者に譲渡して其旨の登記を経由した後排除された相続人が第三者に対して自己の相続財産の返還を請求する場合に除外された相続人が登記を為さないから第三者たる譲受人に対抗出来ないとしたならば之亦前述と同様実質上相続人の相続権を一部剥奪する結果となるであろう。

以上の如き不都合な結果を肯定することは到底出来ないのであつて右二つの設例に於ける場合は何れも真正相続人が其の権利を行使することが出来るのであつて之に反対するものはないであろう。これ即ち相続人は相続不動産に付登記がなくとも第三者に対抗出来るものであることを物語るものである。

以上何れの点から見ても被告主張は正当でない。

(三)被告の見解

一、相続に於ても不動産については登記なければ第三者に対抗できぬことは明治四十一年十二月十五日大審院連合部判決以来判例の一貫した態度である殊に遺産分割は意思表示による相続であるから尚一層登記なければ第三者に対抗できぬと言はなければならない。然らざれば法定相続を信じ取引をした善意の第三者は相続人に於て後日遺産分割あつたと主張したときその以前の多数の取引を否認されることとなり原告の言う取引の安全は全く破壊されることとなるかく如き不合理は到底法の認めるところではない

二、未だ遺産分割のない間に相続人自身に於て法定相続による登記をなしその後遺産分割ありその未登記の間に第三者よりその法定相続分上に差押ありその登記がなされた場合相続は登記なくして対抗し得るとの議論を以て遺産分割あつたから法定相続による登記は既に無効なりと主張し右差押債権者に対抗し得るか対抗し得ないと解すべきである遺産分割を主張し得ず右法定相続による登記は権限あるもの登記であるから右差押債権者に対する関係に於ては遺産分割を対抗し得ず法定相続による登記を有効と解しなければならぬからである。

三、次に遺産分割後に於てその未登記の間に相続人自身に於て法定相続による登記をなしその登記を信じ第三者に於てその法定相続分上に差押をなしその登記がなされた場合に於て前項同様の議論を以て右差押債権者に対抗し得るか対抗し得ないと解すべきである両相続に付て未登記の間は遺産分割を主張し得ず従て相続人は法定相続に付て全く無権限と言うことができないからである法定相続による登記あつた以上右差押債権者に対する関係に於ては遺産分割を対抗し得ず法定相続による登記を有効と解しなければならぬからである

未登記の不動産の譲渡人が譲受人の登記未了の間は自ら保存登記をなし第三者に移転登記することができかゝるときはもはや譲受人は右第三者に対抗できぬとなすのが判例である即ち譲渡した後に於ても譲受人は譲受人が登記未了の間は尚自ら保存登記請求権を失はないとするものである

四、相続人間に於ても遺産分割あつてもその登記ない間は法定相続による登記請求権を失はないと解すべきである

五、従つて被告としては債権者として原告の法定相続による登記請求権を代位行使しその登記上に差押登記した以上民法第九〇九条但書によりもはや遺産分割を以て原告は被告に対抗し得ぬと言はなければならない。

以上原告の主張は理由ないものであるから棄却すべきものである

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